生徒が覚えてきた解き方を、
そのまま解いてみせました。
連立方程式の文章題です。その生徒は、どこかで「文章題は、最後に聞かれているものを x と置けばいい」と教わっていました。私はそのとおりに、目の前で式を立てて解いてみせました。途中で手を止めて「あれ?」と言うところまで、全部です。
インプット
つくる変換術
伴走 1 / 2
自信
前回の記事の終わりに、次は「講師が間違えるところを見せる技法」について書く、と予告しました。書き始めてみて、この言い方は少し違うと思いました。
授業をしていると、私がうっかり計算を間違えて、それを生徒と一緒に直したことが結果的に良い方向へ転ぶ、ということもたまにあります。ただ、ここで書きたいのはそういう偶然ではありません。
やっていることを正確に言うと、生徒が持ってきた解き方を、講師が代わりに最後までなぞってみせる、です。間違えているのは、その解き方のほうです。
「最後に聞かれているものを x と置く」
その生徒は、文章題の解き方を1つだけ持っていました。文章が長いから、問題文の最後に聞かれているものを x と置けばいい。塾か、以前の先生か、どこかで教わった型です。
この型そのものが悪いわけではありません。聞かれているものが、そのまま条件の中に出てくる問題なら、いちばん速い置き方です。
困るのは、聞かれているものが、条件から一段先にある問題です。条件は今の話をしているのに、聞かれているのはその先の話。そういう問題で、この型は途中で行き場を失います。
何食わぬ顔で、型のとおりに式を立てた
数字は変えていますが、こういう問題でした。
- 最後に聞かれているのは「来月の男子」。だから来月の男子を x 人、女子を y 人とする
- 男女合わせて40人だからx + y = 40
- 女子は男子の2倍より5人少ないからy = 2x - 5
- 2つの式を解くとx = 15
- あれ?x は来月の男子のはず。でも、使った条件はどれも今年の話。
私はこの型のとおりに、迷うそぶりを見せずに式を立てていきました。x = 15 が出たところで手を止めて、「あれ?」とだけ言いました。
行き止まりだ、とは言っていません。続けて聞いたのは、これだけです。
返ってきたのは、沈黙でした。
生徒は、私の式を正しいと思ったまま先へ進もうとした
しばらくして、生徒は手を動かし始めました。出てきた15をどうにか使って、先へ進もうとしたのです。
無理もありません。式を立てたのは講師で、しかも迷いなく進めていました。先生が立てた式なのだから、合っているはずだ。そう考えるのは自然なことです。
この授業で見せたかったのは、ここです。型を信じたまま進むと、どこで道を外れたのかに自分では気づけない。生徒がひとりで問題を解くときに起きていることを、講師の手でそのまま再現していました。
ひとりで解いていたら、出てきた15に何かを掛けたり足したりして、それらしい数字を答えにしていたかもしれません。その答えがバツになっても、なぜバツなのかは分からない。間違えた場所が、計算のどこかにあるように見えるからです。
x は「文の最後」ではなく、「条件が書かれている時点」に置く
そこから、立てた式を上から一緒に読み直しました。40人は今年の人数。2倍より5人少ないのも、今年の話。x だけが、来月になっていました。
条件が今年の話なら、x も今年に置く。そうすれば15は迷わず今年の男子になり、来月はそこから一段計算するだけです。
型を捨てさせたわけではありません。最後に聞かれているものを x と置く前に、条件はいつの話をしているかを確かめる。足したのは、その一手だけです。
完璧に解いてみせる手本と、つまずいて直す手本
講師が生徒の前で問題を解いてみせるとき、ふつうは正しい手順で、最後まで迷わずに解きます。それはそれで必要です。ただ、生徒がひとりで迷う場所を、その手本は通りません。
- 見えるもの
- 正しい手順と、正しい答え
- 見えないもの
- どこで迷いやすいか。迷ったときに、どう気づいて戻るか
- 見えるもの
- 生徒が迷うはずの場所。「あれ?」と気づく瞬間と、戻る道すじ
- 前提
- 生徒が自分の型を持っていること。その型で講師がつまずく
教育心理学では、つまずきながら直していく手本を「対処モデル(コーピング・モデル)」と呼び、最初から完璧にやってみせる手本と区別しています。
この日にやったことを振り返ると、この名前がいちばん近いと思います。ひとつ付け加えるなら、つまずいてみせたのが生徒自身が持ってきた型だったことです。自分の型で先生が行き止まりに入るのを見ると、それは自分のことになります。
間違いを見せていいのは、「やり方」のところだけです
ここまで読むと、どの場面でも使える技法に見えるかもしれません。私はそう考えていません。使える場所は、はっきり限られています。
分けて考えているのは、生徒が今つまずいているのが、何か(WHAT)なのか、なぜ(WHY)なのか、どうやるか(HOW)なのかです。
WHAT で講師が間違えるのは、ただの誤りです。WHY の場面では、生徒はたくさん間違えていい。ただ、講師のほうが間違った道を示すと、生徒はそこから考えを組み立て始めます。本線に戻すどころか、間違ったつながりが次々に増えていきます。
今回の連立方程式が成立したのは、つまずいていたのが式の立て方、つまり HOW だったからです。「今年の人数」「2倍より5人少ない」の意味も、なぜ2つの式で解けるのかも、この生徒はすでに持っていました。持っているものの上でなら、行き止まりは道を選び直すきっかけになります。
型を否定せずに、型が通用しなくなる場所を見せる
型を1つしか持っていない子に、「そのやり方ではだめ」と言うのは簡単です。ただ、言われた側に残るのは、別の型をもう1つ覚えなければいけない、という負担です。
この日は、持ってきた型をそのまま使いました。使ってみて、どこで通用しなくなるかを、講師の手で見せました。直したのは、型を使う前の確かめ方です。
- 生徒が持ってきた型を、否定せずにそのまま使う。別の型を渡す前に、今の型の限界を見せます。
- 行き止まりでは「あれ?」とだけ言う。行き止まりだとも、答えも言いません。問いかけるのは「ここからどうする?」までです。
- 講師の式を信じて進もうとするところまで見せる。それが、ひとりで解くときに起きていることだからです。
- 足すのは、型の前の一手。「条件はいつの話か」を確かめてから、x を置きます。
- 使うのは HOW の場面だけ。WHAT と WHY では、講師は間違えてみせません。
次回は柱③の2本目です。生徒の手が止まりかけた瞬間に、問いかけの難しさをその場で下げていく技法について書きます。
解き方を知っているのに、解けない理由があります
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