「解くのが遅い」と言われて、計算の練習は一度もさせませんでした。

授業のウラガワ ── 17

「解くのが遅い」と言われて、
計算の練習は一度もさせませんでした。

中学3年生の二次方程式です。本人の悩みは「時間がかかる」でした。ただ、その日の授業でやったのは計算練習ではありません。問題を何問か出して、黙って見ていただけです。1問だけ、理由を伏せたまま混ぜておいたものがあります。その話は最後に書きます。

柱①脳に優しい
インプット
柱② なるほどを
つくる変換術
番外
柱③迷子にさせない
伴走
柱④揺るぎない
自信

二次方程式でxを求めるとき、やり方は主に2つあります。因数分解と、解の公式です。

先に言ってしまうと、どちらを使っても構いません。正しく計算すれば、出てくる答えは同じです。片方が正解でもう片方が不正解、ということはない。

それでもこの日は、選び方の話をしました。理由は、生徒の悩みが計算そのものではなかったからです。

訴えと、原因

「時間がかかる」と言われたとき、何を疑うか

相談としては、ごくありふれた形でした。解けないわけではない。ただ遅い。テストで最後まで届かない。

こう言われると、計算の速さを上げる方向に手が伸びます。同じ形の問題を数多く解かせて、処理を速くする。実際それで解決することもあります。

ただ、この子の場合は違いました。道具の選び方が定まっていなかったのです。

本人の訴えと、実際に起きていたこと
本人の訴え 解くのに時間がかかる 計算が遅いのだと思っている。だから練習量を増やそうとする
→
実際に起きていたこと 道具を選べていない その場その場で因数分解と解の公式を使い分けていて、基準がなかった

その日の解き方を見ていると、因数分解を使う回と解の公式を使う回が入り混じっていました。そして本人にどちらを選ぶか決める理由を聞いても、はっきりした答えは返ってこない。選んでいるのではなく、そのとき目についたほうを取っていた。

本人は使い分けで悩んでいませんでした。悩んでいたのは時間のほうです。ですから、まず順序が違うということを、本人に分かってもらう必要がありました。

説明しない

言葉で伝わらないものは、問題の並べ方で伝える

因数分解が速い場合がある。因数分解が難しい場合がある。最後の手段として解の公式がある。文章にすればこれだけです。

ただ、これを口で言っても、その場では通り過ぎていきます。聞いた瞬間は分かった気になりますが、次の問題で同じことをする。知識としては入っても、手が動く場面では使われません。

そこで、説明はやめて問題を出しました。ヒントは出しません。どちらを使えとも言いません。ただ、出す問題は選んであります。

その日に混ぜた問題の種類

見た目はどれも同じ二次方程式です。違うのは、どちらの道具が向いているかのほうです。

1
すぐ因数分解できる
見た瞬間に積の形にできる。解の公式を持ち出すと明らかに遠回りになる
2
因数分解はできる
ただし重い
数を変えてある。できなくはないが、組み合わせを探すのに時間がかかる
3
中学範囲では
因数分解できない
答えに√が出る。ここで手が止まるように置いてある

そして、失敗するのを黙って見ていました。ここで先に教えると、この授業は成立しません。

止まった場所

解の公式は時間がかかる、と思い込んでいた

解き進めるうちに分かってきたことがあります。この子は因数分解のほうを多く使っていました。理由もはっきりしていて、解の公式は書く量が多くて時間がかかる、と思っていたからです。

速く解きたいのだから、軽いほうを選ぶ。判断としては筋が通っています。

ところが3番目の問題で止まりました。因数分解でいこうとして、組み合わせが見つからない。見つからないのではなく、そもそも中学の範囲では作れない問題です。本人はそれを知らないので、探し続けることになります。

!

速く解くために軽い道具を選んだ結果、いちばん時間を失う場面が生まれていました。時間がかかっていた原因は、計算の速さではなく、ここでした。

ここで初めて口を出しました。言ったのは一言だけです。

「解の公式、使ってみたら?」

やってみると、答えが出ます。そのあと本人が言いました。因数分解ができないときに解の公式を使えばいい、と。この言葉は、こちらからは一度も言っていません。

確かめる

両方で解いて、同じ答えになることを確かめさせた

そのあと、1番目と2番目の問題を、因数分解と解の公式の両方で解いてもらいました。手間はかかりますが、これは省けません。

選び方の話をする前に、どちらでも同じ答えにたどり着くことを、自分の手で確かめてもらう必要があるからです。

順序を逆にすると、伝わり方が変わります。先に選び方を教えると、解の公式は使ってはいけないもの、という受け取り方になる。そうではありません。どちらも正しくて、違うのは速さだけです。

手順に変える

判断を、判断のまま渡さない

ここまで来て、ようやくルールを決めました。ただし「速いほうを選ぶ」ではありません。それは判断であって、手順ではないからです。

渡したのは、順番と時間です。

その日に決めた手順
1 まず因数分解を試す。学校で習ったパターンに当てはめてみる
2 当てはまれば、そのまま解く。ここが最短
1問あたり 2分
3 パターンをひと通り試してだめなら、解の公式へ切り替える

2分という数字は、こちらで適当に決めたものではありません。高校入試の過去問を実際に見せました。この形の計算問題に使える時間は、その場では1分から2分しかない。制約が先にあって、そこから手順が決まっています。

この形にすると、その場で速さを見比べる必要がなくなります。判断する代わりに、順番どおり動けばいい。そして繰り返しているうちに、試す前に見分けがつくようになっていきます。手順が先にあって、判断はあとから育ちます。

ただし、これは万能の手順ではありません。因数分解のパターンが頭に入っていない段階でこの順番を渡すと、1番目で毎回2分を使い切ることになります。この日にこの手順を渡せたのは、因数分解そのものは十分にできる子だったからです。同じルールを、別の状態の子に渡すと逆に遅くなります。
伏せていた1問

4問目は、失敗させるために入れたのではありません

最初に伏せておいた問題を開きます。4番目は、√の中がマイナスになる問題でした。中学の範囲では、解が出ません。

因数分解でも解けない。解の公式でも解けない。使い分けの練習という意味では、入れる必要のない問題です。

それでも入れたのは、この子なら別のところまで届きそうだと思ったからです。少しだけヒントを出しました。そうしたら、こう言いました。

「これ、二次関数のグラフがx軸と交わらないやつじゃないですか?」

高校で判別式と呼ばれるものです。√の中の値によって、二次関数とx軸の共有点の数が変わる。二次方程式と二次関数が同じものの別の見え方だということに、自分でたどり着きました。

4問目の狙い

同じ1問が、2つの役割を持っています。

A
使い分けの終点
どちらの道具でも解けない場合がある、という限界を見せる
B
次の単元への入口
√の中の符号が、グラフの形と結びついている。高校で扱う内容の手前まで届く

この問題を入れるかどうかは、その場の思いつきではありません。この子が今どこまで持っているかが見えていたから、置けた1問です。同じ問題を別の子に出せば、解けない問題を出されたという体験だけが残ります。

この日のこと

失敗させる授業は、いつも歓迎されるわけではない

以前の記事で、試験範囲の3割を捨てさせたときのことを書きました。あのときの生徒は、はっきり不満そうでした。基本は解けているのにまた解き直しか、と。

今回は違いました。この子は、楽しんでいました。止まった場面でも困った顔をせず、解の公式で答えが出たときも、判別式に気づいたときも、面白がっていたように見えます。

同じ「わざと遠回りをさせる」でも、受け取られ方は変わります。今回は解ける問題から始まっていて、止まったのが3問目だったこと。そして止まった直後に前へ進めたこと。この2つが効いていたのだと思います。

この授業で、実際にやっていたこと
  • 訴えをそのまま受け取らない。「遅い」の原因が計算速度とは限りません。まず、どこで時間を失っているかを見ます。
  • 説明で足りないときは、問題の並べ方に変える。使い分けの基準は、聞いて覚えるものではなく、詰まって初めて必要になります。
  • ルールは本人に言わせる。こちらが言った基準は忘れます。自分の口から出た基準は残ります。
  • 判断ではなく手順を渡す。「速いほうを選ぶ」は動けません。「まずこれ、2分でだめなら次」は動けます。

心理学ではメタ認知と呼ばれる領域です。自分がどのやり方を使っているかを自覚し、選び直せるようにする。ただ、この日にやったことを振り返ると、自覚を促したのではなく、自覚しなくても正しい順番で動ける形にしたというほうが近い。自覚は、そのあとからついてきます。

次回からは柱③「迷子にさせない伴走」に入ります。最初は、講師が間違えるところを見せる技法についてです。

「遅い」の中身は、一人ずつ違います

計算が遅いのか、選び方が定まっていないのか、その前でつまずいているのか。どこで時間を失っているかを見るところから始めます。まずは無料相談で、お子さんの状況を一緒に確認しませんか。

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