その子に効く例え話は、
その場で思いついたものではありません。
「メタンって何ですか」。授業中にそう聞かれて、私は「オナラ」と答えました。ふざけているように見えるかもしれません。でもこの一言は、その日その場で浮かんだものではなく、それまでの何回かの授業で集めておいたものです。この記事は、例え話が思いつきではなく在庫だという話です。
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危険物取扱者試験の指導での話です。高校生の生徒に、こんな内容を伝える場面がありました。
この一行が入れば、その日の範囲はほぼ片づきます。理屈も難しくありません。テキストにもそう書いてあります。ところが、読み上げた直後に手が止まりました。
ここでつまずくとは思っていませんでした。私にとっては説明の必要がないくらい当たり前の言葉です。でも、当たり前だと思っている言葉ほど、通じなかったときに代わりの言い方が用意されていない。ここで詰まると、その先の燃焼の話には一歩も進めません。
いちばん簡単なのは、テキストの言葉をそのまま返すことです。無色の気体で、刺激臭があって、空気より軽い。事実としては正しい。
でも、その説明には落とし穴があります。刺激臭という言葉自体が、その子にとっては未知の言葉だからです。知らない言葉を、別の知らない言葉で置き換えても、分からなさが一段深くなるだけです。
ここで必要なのは、より正確な言葉ではありません。本人が実際に嗅いだことのあるものに、たどり着かせることです。
すぐに例えを出したわけではありません。最初にやったのは、知っている場所を探すことでした。
ここが足場です。メタンは知らないけれど、プロパンガスは知っている。ならば、その知っている側から入ればいい。そこで、こう続けました。
でも、それだと漏れても誰も気づかないよね。だからわざと匂いを付けてある。あの、オナラみたいな匂い。
生徒は笑いました。そして笑ったあと、こう言いました。「じゃあ、あれに火が付いたら爆発するってことですよね」。
この一言が出た時点で、目的はほぼ達成されています。燃える気体である、という感覚が体に入った。刺激臭という語も、後から「あれのことか」と回収できます。
ここで大事なのは、この「オナラ」が誰にでも効く万能の例えではない、ということです。同じ内容を別の生徒に教えるなら、私は別の道を選びます。
出発点も到達点も同じです。違うのは途中だけ。どちらを通すかは、その子について何を知っているかで決まります。
あの匂いはわざと付けてある
あの匂いはわざと付けてある
漏れても気づけない
左のルートは笑いで記憶に刺し、右のルートは仕組みへの納得で刺す。同じ「無臭に匂いを付けている」という事実から、違う方向に伸ばしています。
どちらが優れているという話ではありません。その子にとって、どちらが引っかかりやすいかというだけです。ふざけた話を嫌がる子に「オナラ」と言えば、記憶に残るどころか、この人は真面目に教えてくれないという印象だけが残ります。
ここが今日いちばん書きたかったところです。授業中、生徒が詰まってから例えを考える時間はありません。数秒で出せなければ、その子の集中は切れます。
では、なぜ数秒で出せるのか。その日までに、その子について集めてあるからです。
テストの点数には現れない項目ばかりです。雑談や授業中の反応から、少しずつ溜まっていきます。
アイスブレイクの数分は、場を和ませるためだけの時間ではありません。この在庫を増やすための時間でもあります。
例えは、あくまで入口です。「オナラ」で終わらせてしまえば、笑って終わりになります。実際、この例えが担っているのは「燃える気体だ」という一点だけで、それ以上の内容は運べません。運べる荷物の量には限りがある、という前提で使っています。
例えで「燃える気体だ」まで入ったら、いよいよ本題です。ここからは例え話をやめて、構造の話に切り替えます。
まず、人間の体は有機物でできていて、その主な材料は炭素・水素・酸素・窒素の4つだと伝えます。頭文字を並べてCHON。ここまでは知識として渡します。
そして、メタンやプロパンはそのうちのCとHでできている、という一点だけを足します。あとは並べて、こう聞きました。
教えたのは材料だけです。組み合わせは、生徒が自分で見つけました。
この問いに、生徒は自分で「できますね」と答えました。私は答えを言っていません。材料を並べて、組み合わせられそうかどうかを聞いただけです。
この形にこだわるのには理由があります。ここで私が「だからCO₂とH₂Oになるんだよ」と言い切ってしまえば、その場では分かった顔をしても、テストで別の気体が出た瞬間に手が止まります。自分で組み立てた子は、材料が変わっても同じ手つきで組み直せます。
例え話というと、難しいことを易しく言い換える技術だと思われがちです。分かりやすい先生は、うまい例えをたくさん持っている、というような。
でも、実際にやっていることは少し違います。その子が確実に知っている場所を探して、そこから一歩だけ橋を架ける。橋を架けたら、その先は本人の足で歩いてもらう。例えが運べるのは、最初の一歩ぶんだけです。
だから、うまい例えを覚えることにはあまり意味がありません。同じ言葉が別の子には効かないからです。必要なのは、目の前の子が何を知っていて、何で笑って、どんな形なら受け取れるのかを、詰まる前から知っておくことです。
「オナラ」の一言は、その日に思いついたものではありませんでした。それまでの授業で、この子はこういう話で笑う、という記録が溜まっていたから出せた言葉です。
教える側の言葉ではなく、その子がすでに持っている言葉で話す。そのためには、その子の辞書を先に読んでおく必要があります。テキストにも参考書にも載っていない、その子だけの辞書です。
次回は、柱②の2つ目、自己説明(自分の言葉で説明させる)について書く予定です。今回の最後に出てきた「組み合わせられそうじゃない?」の問いを、もっと踏み込んで使う話になります。
何度教えても入らないのは、お子さんの理解力の問題ではなく、届く形になっていないだけかもしれません。まずはどこで止まっているのかを一緒に探します。
