試験範囲の3割を、
「やらなくていい」と言いました。
数週間後にテストがある。学校から範囲が配られた。真面目な生徒が、その範囲の中でわからない問題を持ってきた。——そこで私は、範囲の一部を丸ごと捨てさせました。この記事は、その判断を何を根拠に、何秒で下しているかの話です。
数学の一次関数でした。学校の授業もきちんと聞いていて、ワークも順番に進めている。親御さんから見たら、文句のつけようがない状態だと思います。
テストの数週間前、学校から範囲が配られました。私が「この範囲の中で、わからない問題ある?」と聞くと、その子はワークを開いて、章末問題と発展問題のあたりを指してきました。
大問がひとつ、その中に小問が3つ。【1】ができれば、それを使って【2】が解ける。【3】は、それまでの全部をまとめて使う総合問題。よくある構成です。
その子がわからないと言ったのは、【2】と【3】でした。
ここで【2】の解説を始めることもできます。実際、そうしてほしくて持ってきているわけですから。
ですが私はまず、【1】ができるかどうかを確認しました。【2】が【1】の上に乗っている以上、【1】が本当にできているのかを見ないと、何を教えればいいのか決まらないからです。
結果、【1】も危うい状態でした。答えは出るのですが、なぜその式になるのかを説明できない。
そこでもう一段、前に戻りました。【1】が使っている基礎知識のところです。すると、うろ覚えで、自分の言葉ではまったく言語化できないことがわかりました。
この子は、普段の数学のテストで50点いくかいかないくらいでした。その状態で発展問題の後半に取り組んでも、おそらく問題文が何を言っているのかすら取れていない。だから「わからない」としか言えなかったわけです。
わからない場所を特定できないことを、本人のせいにはできません。特定するには、前提が揃っていないといけないからです。
この遡り方は、勘でやっているわけではありません。基準があります。
それはできていないのと同じ。
「なぜそうなるの?」と聞いて、5秒待つ。ここで言葉に詰まる、あるいは「えっと、なんか……」で終わる。その時点で、その項目は身についていないと判定します。答えが合っているかどうかは見ていません。説明できるかどうかだけを見ています。
判定が出たら、動きは決まっています。
- 一段前に戻る。今できなかったことの、ひとつ手前の内容へ。
- 1グレード下げた類題を、3パターン聞く。同じことを、違う角度から3回。
- それでもダメなら、さらに前に戻る。できる場所に当たるまで繰り返します。
ですので判断そのものは一瞬です。迷う要素がありません。5秒で返ってこなかったら戻る、それだけです。
今回は、この手順で二段戻ったところに底がありました。
底が見えた瞬間に、私は言いました。
多分ここはもうやらなくていいかな。
そんなことより、多分ここをやってみて? ちょっと説明してみてごらん。
捨てたのは、試験範囲のうち章末問題と発展問題を中心に、およそ3割です。学校が「ここが範囲です」と配ったものを、こちらの判断で削りました。
捨てた理由は単純です。土台が抜けている状態で発展問題に時間を使っても、何も残らないからです。解説を聞けばその場ではわかった気になりますが、テスト当日には消えています。しかも時間は数週間しかない。
それより、できていない基礎に全部の時間を寄せたほうが、点は上がる。そう判断しました。
まず、発展問題の手前にある基本問題から、詰まっていた部分に関係するものをランダムに選んで解かせました。ただし解かせるだけでは意味がありません。解答を覚えている可能性があるので、なぜそうなるかを全部説明させました。
案の定、説明できませんでした。
そこから基礎に入ります。ただ、写経のようにワークを埋めさせることはしていません。試験前で時間も限られているので、途中の計算過程は省きました。かわりに、どういう判断でこの数字が出てくるのか、なぜこの式になるのかだけを、一つひとつ確認していきました。
そして、本丸です。なぜ、yの増加量をxの増加量で割ると傾きになるのか。
ワークの手順では、まず実際の数を使ってxとyの関係を表にして、それをグラフにします。そこまではやっている。ところがその直後に「変化の割合」という言葉がいきなり出てくる。ここで多くの子が置き去りになります。
ですので、もう一度自分で数を代入させて、グラフを描かせました。そして、「直線だよ」というヒントだけ渡して、任意の増加量を、しつこいくらいに10個ほど測らせました。
当然、どこで測っても同じ値になります。直線なのだから当たり前です。ただ、その「当たり前」を、私が説明するのではなく、本人の手で10回確かめさせた。
そのうえで、傾きの違うグラフをいくつか描かせて、変化の割合がどう変わるかを本人の言葉で説明させました。ここまでやって、ようやく「なぜ割るのか」が本人のものになります。
復習と宿題は、できていなかった箇所とその類題だけに絞りました。
ここは正直に書きます。この子は真面目だったので、すごく不満そうでした。
当然だと思います。基本問題はもう解けている。テストは数週間後に迫っている。なのに、また解き直し。しかも範囲の一部は捨てろと言われる。納得できるはずがありません。
ただ、その不満は途中で消えました。私が説得したからではありません。
本人が気づいた瞬間からです。
「なぜそうなるの?」に答えられない。答えは出せるのに、理由が言えない。自分でも気づいていなかった盲点を指摘されて、初めて納得してくれました。
ここは、こちらが何を言っても届かない場所です。「基礎が大事だよ」と百回言うより、5秒黙って待つほうが早い。できていないことは、本人に発見させるしかありません。
同じ子の、同じ数学のテストです。やる量を減らしたら、点が上がりました。
捨てた3割の中にも、当然テストに出た問題はあったはずです。それでも上がった。理由は、土台が固まったことで、7割のほうの取りこぼしが消えたからだと思っています。
そしてもうひとつ。捨てなければ、あの「10回測らせる」時間は絶対に取れませんでした。何かを捨てることと、基礎をしつこくやることは、同じひとつの判断の裏表です。
前回書いたとおり、私は自分の授業を文字に起こして読み返し、そこに11の指導技法があることを後から知りました。今回の話は、そのうちの1つ目にあたります。専門用語では「認知負荷理論」と呼ばれるものだそうです。脳が一度に処理できる量には限界があるので、本質に関係ない情報を意図的に切り捨てる、という考え方です。
ただ、私はこれを教育の勉強で身につけたわけではありません。
プロジェクトを始めるとき、最初に決めるのが「何をやるか」の範囲です。ところが実務では、これがなかなか決まらない。関係者それぞれに言い分があって、あれもこれもと膨らんでいくからです。
そういうとき、順番を逆にすると急に決まります。「何をやらないか」を先に決めるのです。除外する範囲を先に線引きしてしまえば、残ったものが自動的にやることになる。
私がPMP(プロジェクトマネジメントの資格)の勉強をしていたときに、これを知って「ああ、そうなのか」と思いました。それ以来、使っています。
試験範囲を前にした生徒の状況は、まさにこれです。やるべきことが多すぎて決まらない。だから律儀に1ページ目から全部読む。結果、時間だけが溶けていく。
そこで順番を逆にする。今回は何をやらないかを、先に決める。そうすると、残った範囲の中で何に時間を使うべきかが見えてきます。
それと、もうひとつPMの考え方が入っています。依存関係です。【1】が終わらないと【2】に着手できないのに、【3】から手をつけている——プロジェクトなら誰でも止める場面です。ところが勉強では、誰も止めない。範囲どおりに進めているのだから、正しいことをしているように見えるからです。
ここまで読んでいただくと、話は単純に見えるかもしれません。基礎が抜けているなら基礎をやればいい。そのとおりです。
ただ、これを本人にやらせるのは無理があります。
まず、どこが抜けているかは本人には見えません。今回の子も、自分の詰まりは【2】だと思っていました。実際は二段前でした。
そして、真面目な子ほど範囲を捨てられません。学校が配ったものを削るというのは、生徒の立場では踏み切れない判断です。むしろ、真面目だからこそ全部やろうとして、全部が中途半端になる。
だから、そこは私の仕事だと思っています。どこまで戻るかを決めて、何を捨てるかを決めて、残った時間をどこに寄せるかを決める。教える前に、決めることのほうが多いくらいです。
やらないことを先に決める。
次回は、柱①の2番目にある「先の見通しを最初に見せる」技法について書く予定です。
※この記事に出てくる生徒の事例は、ご家庭の許可をいただいたうえで、学年など個人が特定される情報を伏せて掲載しています。
本人が「ここがわからない」と言っている場所と、実際に手を入れるべき場所は、たいていずれています。まずはそこを一緒に探すところからです。
